2016年度報告書

2016年度報告書

2017年9月発行

 


はじめに

 

セミは地中で数年間幼虫時代を過ごし、成虫も長距離を移動することはないと考えられていることから、生息場所からあまり移動せず、その土地の環境変化の影響を受けやすいと推測され、その地域の自然環境を計るモノサシ、すなわち指標生物として期待されています。

セミの抜け殻は幼虫から成虫へ羽化する際の脱皮殻で、抜け殻の存在は、その場所で1匹のセミが羽化した証拠として、定量的な調査が可能となります。また、

  1. セミはどこにでもそれなりの数が生息している。
  2. 種類が限られている。
  3. 抜け殻によるセミの種類の見分け方は、少しだけコツを覚えれば誰でも簡単にできる。
  4. セミの抜け殻は逃げないため子どもでも簡単に採取できる。
  5. 生きているセミを採取する訳ではなく、セミの抜け殻を主な餌としている生き物もいないので、抜け殻を採取しても生態系に与える影響が小さくて済む。

などの理由から「セミの抜け殻による調査」は全国各地の個人・団体によって実施されてきました。

 しかし、個々の調査で手法が統一されていないために比較することが難しく、そのデータの信頼性にも大きな差がありました。

そこで「セミの抜け殻しらべ市民ネット」では、日本自然保護協会自然観察指導員の有志を中心とした市民ボランティアによって2009年から「セミの抜け殻しらべ」を統一した手法で継続的に実施することにしました。

そして、この方法により信頼性の高い基礎的情報を収集すると共に、セミの生息状況の変化からその地域の環境変化に気付こうという試みを始めました。

2016年の調査では多くの市民ボランティアの協力を得て、

  • 全国29調査地
  • 54のサイトで調査が行われ
  • 40,047個の抜け殻を採取、鑑別しました。

当報告書は、集められたデータを集計、過去の調査結果とも比較・解析し、そこから見えてくることをダイジェストにまとめたものです。

調査に参加し貴重なデータをお送りいただいた全国の皆様に感謝申し上げると共に、今後も全国各地での継続的な調査を実施していくために、多くの皆様の参加をお願い申し上げます。

2017年9月吉日

セミの抜け殻しらべ市民ネット 会長 田邉貞幸

NACS-J 自然観察指導員東京連絡会 代表 川上典子

報告書作成 小久保雅之


1.調査方法

調査は、2016年7~9月に3回以上、調査者が任意に選定した調査地において、調査サイトを一箇所または複数設定し、そのサイト内において調査者の手の届く範囲にあるセミの抜け殻(地面に落ちている抜け殻も含む)を全て収集・鑑別・記録するという手法で実施した。

調査サイト面積は原則として100m2以上とした。

また、調査サイトの周辺の環境(平地、里山・丘陵など)、調査地の様子(都市公園、自然公園・保存緑地など)、調査地の地面(一面に下草・落葉、下草・落葉がまばら、地面が露出)について記録した。

調査者は、定められた調査票に、収集結果や調査サイトの情報を記入した。

抜け殻の鑑別は昨年までの鑑定結果とその検証結果から一定レベルでの鑑定ができることが認められている調査者のデータはそのまま使用し、一定レベルでの鑑定ができることが確認されていない場合はデータと共に抜け殻を再検者へ送付した。

再検者は、種の同定、調査票のチェックなど、データの信頼性を高める作業を行った。

全体での集計の他、各調査地、調査サイトでの比較検討を行った。

また2009年から2016年までの間に7年以上連続で調査できたサイトについて、抜け殻数と種構成の推移を比較した。

さらに、個々の調査地、サイトについても可能な範囲で、種構成の特徴や経年変化について考察を加えた。


2.調査の概要

2016年の調査地、調査結果を表1、表2にまとめた。29調査地、54のサイトで調査が行われ、40,047個の抜け殻を採取、鑑別した。

 

2010年から2016年の7年間の調査地数、調査サイト数、収集した抜け殻数を表3に示した。

若干の増減はあるが、29~36調査地 54~68の調査サイトで調査が行われた。

昨年まで調査していたが、今年調査を行わなかった調査地・サイト、今年初めて、あるいは、調査を復活させた調査地・サイトもあるが、2016年も例年と同程度の抜け殻数であった。

 

表-1 セミの抜け殻しらべ2016 調査結果一覧(1)首都圏

表-2 セミの抜け殻しらべ2016 調査結果一覧(2)阪神地区・その他

表-3 2010年~2016年7年間の調査地数、調査サイト数、収集した抜け殻数


3.2016に調査した全抜け殻の種構成

昨年までは首都圏、阪神地区、その他、に分けて集計していた。

しかしながら、調査地やサイトは各調査者が任意で決めているため、必ずしもそれぞれの地域の色々な環境で万遍なく調査している訳ではないので、地域毎に集計したデータでその地域の特性を議論するのは難しいと考えられた。

そういった理由から、今回は地域で分けた集計は行わず、全体の種構成のみを図-1に示した。

図1 2016年のセミの抜け殻しらべにおける全体の種構成(n=40,047)


4.各調査地・サイトの2016年の種構成と78年継続調査サイトでの経年変化

(各リンク先をご覧ください)

(1)首都圏

(2)阪神地区

(3)その他の調査地


5.アブラゼミの羽化時期 -首都圏と阪神地区の違い-

過去の報告書にも掲載しているが、2011年の調査で赤塚山北公園(兵庫県)と日比谷公園、野外音楽堂東サイト(東京)のアブラゼミの羽化時期に差があることに気が付いた。

図-11に2011年の両サイトのデータを示す。 どちらのサイトも7月中旬から8月上旬の間、週に5日程度調査を行っている。

羽化時期を比較するためにオス・メスそれぞれの累積抜け殻数が、総数(最終の累計採取数)の50%を超えた日を比較してみた。

赤塚山北公園ではオスが7月25日、メスが8月2日であったのに対し、日比谷公園、野外音楽堂東サイトではオスが8月9日、メスが8月15日であり、2週間程度の違いが認められた。

図-11 アブラゼミの羽化の推移 赤塚山北公園(兵庫県)と日比谷公園(東京)の比較(2011年)

その後も毎年7 月中旬から8 月上旬の間に週に5 回程度の調査ができた4 つのサイトについて、アブラゼミのオス、メスそれぞれの初採取日と、総数の50%を超えた日を調べて比較し、表-5 に示した。

表中の青字で書かれた日にちは2011 年より3 日以上早かった場合、赤字は7 日以上早かった場合を示している、首都圏の三つのサイトは初採取日、50%を超えた日、共に経年的に早まる傾向がある。

一方、神戸市東灘区の赤塚山北公園では2015 年までは大きな変動がなかった。

その結果、2015 年までは赤塚山北公園と首都圏3サイトの差は徐々に小さくなっていた。

しかしながら、2016 年はオス・メス共に赤塚山北公園の初採取日、50%を超えた日どちらも早まったため、首都圏のサイトとの差は再び広がった。

アブラゼミの首都圏と阪神地区、あるいはサイト毎、年毎の羽化時期の違いは、環境、気象条件、さらに遺伝的違いがあるとすればその違いなど、複数の要因が原因となっている可能性が考えられ、さらなるデータの蓄積と検討が必要と思われる。

表-5 週5日程度調査しているサイトのアブラゼミの抜け殻初採取日と50%超え日の経年推移


6.地面の様子とセミの種構成の関係

本調査では、調査サイトの周辺の環境(平地、里山・丘陵など)、調査サイトの様子(都市公園、自然公園・保存緑地など)、調査サイトの地面(一面に下草・落葉、下草・落葉がまばら、地面が露出)について記録している。

その中で調査場所の地面の様子は地表の乾燥の程度とも関連し、種構成にも影響が出やすいと予想された。そこで、抜け殻総数が50 個以上であった41 サイトについて、アブラゼミとクマゼミの合計が全体の50%未満、50%以上90%未満、90%以上に分けた場合、ミンミンゼミが全体の1%未満、1%以上5%未満、5%以上に分けた場合、ニイニイゼミの比率が全体の1%未満、1%以上10%未満、10%以上の場合に分けて、調査地の地面の様子との関連をグラフ化してみた(図-12)。

調査地の地面が露出しているサイトは41 サイト中5 サイトで、その全てのサイトでアブラゼミとクマゼミを合わせた比率が90%以上であった。

一方ミンミンゼミとニイニイゼミの比率では、地面が露出しているサイトで比率が低い傾向があり、ミンミンゼミは5サイトし全てが5%未満、ニイニイゼミは5 サイト中4 サイトが1%未満で残り1サイト(渦森北公園)も1.3%であった。

以上の結果は、アブラゼミやクマゼミは下草が少なく、地面が露出し、乾燥した環境でも棲息できることを示すと共に、ニイニイゼミやミンミンゼミは地面が露出した乾燥した環境を好まないことを示している可能性がある。

図-12 地面の様子とセミの種構成の関係(抜け殻総数が100以上の41サイトの集計:2016年)


7.2016年および2009年からの調査結果のまとめ

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 7-1. 2016年は29調査地、54サイトで40,047個の抜け殻を採取、鑑別した。

7-2. 各調査地・サイトの種構成は、同じ公園内や距離的に近い場合でも異なっていた。

7-3. 抜け殻の数は年毎に大きく変動することが多いが、種構成が変動することは少ない

7-4. 人為的な環境変化(工事や樹木の伐採)は抜け殻数や種構成を変動させる。 

7-5. 首都圏でクマゼミの増加傾向があり、抜け殻が採集されていない調査地でも声が確認されている。 

7-6. アブラゼミの羽化時期は首都圏と阪神地区で差がある。

7-7. 下草がなく地面が露出しているサイトはアブラゼミやクマゼミが多く、ニイニイゼミやミンミンゼミは少なかった。

7-8. 抜け殻しらべで注意すべき点・今後の課題


8.2016年セミ・セミナー記録

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